私がリウマチを発症したのは5年前(2008年9月)でしたが、その前から不調が始まっていました。
きっかけは、第二子(次男)を出産し、出産後すぐにその子の病気が判明したことからです。横になる間もなく、電車で片道2時間の病院通いが始まりました。
最初から「命にかかわる」と言われていたので、とにかく不安と心配と体の負担、上の子(当時2歳)の事、心身ともに限界の状態でした。
体はキンキンに冷え、痔がひどくて1週間寝込んだり、胃痙攣にもなりました。
毎晩の蕁麻疹、吐き気、疲労感、睡眠不足、心臓が雑巾しぼりされたようにギューっと締め付けられる、そんな日々でした。
それでも、我が子が生死の狭間で闘っているときに「弱音を吐いてはいけない」「泣いちゃいけない」「休んではいけない」「気分転換してはいけない」とずっと耐えていました。
生後7か月で息子が亡くなり、その後も私は体調が悪いままでしたが、不安を持ちながらも半年後からパートを始めました。
私はとにかく人に嫌われるのが怖くて、いつも他人優先で自分の心や体には見向きもしていませんでした。無理をするのが当たり前、それでも「自分は頑張れていない。もっと頑張らないといけない。」と思っていました。
1年経って、息子の1周忌もあってハードスケジュールをこなした後「カンジダ膣炎」になりました。
その頃から手の指が腫れて痛むようになり、整形外科で「指の腱鞘炎」と診断されました。
次に顎が痛くてご飯が食べられなくなり「顎関節症」。
さらに、膝に水がたまって立ち座りが辛くなり、全身に症状が出てきたころにようやくリウマチと診断されました。発症から半年かかりました。
散々いろいろあったので覚悟はしていましたが、リウマチになったのは正直ショックで悪い事ばかりが頭を巡っていました。
【治そうと思ったきっかけ】
息子の病気中「体は変わってやれないけど、どうかこの子の痛みだけでも私に全部ください」と祈り続けていました。
だから、痛い病気になった時、祈りが届いたのかと嬉しかったし、同時に「あの子の痛みを全部背負い終わったら私はきっと治る」と感じてリウマチの治し方を調べました。
それから、数か月してやっとリウマチ感謝さんのブログに巡り合い、「治っていい時期が来たんだ」と思いました。
【辛かった頃の症状】
・全身が筋肉痛のよう ・重力が何倍にもなったように体が重い
・冷えた翌日は夕方まで起き上がれない(オムツ使用)
・寝返りができない ・布団や毛布をめくれない
・お箸が持てない ・字が書けない
・ドアノブが回せない ・歯ブラシ持てない(電動歯ブラシ使用)
・雑巾しぼれない ・ゴミ袋が結べない
・髪結べない ・洗うのが辛い(ショートにした)
・床に座れない ・立てない ・肩より高いところの物が取れない
・財布から小銭を取り出せない(1枚ずつレジのトレーにのせる)
・車のキーが回らない・サイドブレーキがおろせない
・フタ・タッパ・牛乳パック・缶など開けられない
・足が痛くて歩けない(ペンギンみたいに歩いていた、外では杖、家では丸椅子にひじをついて杖代わりにして移動)
・数ミリの段差を踏んでも激痛が走っていた
【実践したこと】
早寝早起き、疲れを感じたら昼寝、
丹田呼吸法+イメージトレーニング、暗示法、
アファメーション、爪もみ、足裏・ふくらはぎマッサージ、
体温を測る、湯たんぽ、絹の靴下重ねばき、半身浴、
カイロ、足湯、腹八分目、砂浴、ヘルストロン、栄養補助サプリ、
こんにゃく湿布、しょうが紅茶、よく噛んで食べる、ドクダミ茶、
玄米、ストレッチ、ラジオ体操、散歩、冷えるものやお酒などを控える
感謝する、笑う、好きなことをする、自己否定しない、
できないことを考えて焦らずに今できることをやる、人と比べない
【好転反応】
痛み、眠気、倦怠感、首・肩・背中の痛み、
膝下のかゆみ、背中と首周りに発疹、
昔薬で抑え込んできた部分の痛みや痒みが再発、
外耳炎、就寝中の痰、
下痢、真っ黒だった血が赤くなってきた、
体重減少(7キロ減)
【病院・薬】
診断された時から、妊娠希望だったのでプレドニゾロン7ミリだけを飲んでいました。イメージトレーニングを始めてから徐々に減らせるようになり1年2か月かかって離脱しました。
減薬中は倦怠感がものすごくて、横になることも多かったです。
今思えば、自然療法を始めたことによって好転反応がちゃんと出ていたし、もう少しゆっくり減らしていっても結果は変わらなかったのかなぁ?と思います。
当時は早く治したい気持ちと、薬を止めてからが治療の本番のような気がして、すごく焦って無理をしていました。薬をやめてから1年経ってようやく倦怠感がなくなりました。
主治医には、勇気がなくてなかなか言えませんでした。だんだん数値が良くなってからようやく伝えることができ、「あなたの考えを尊重します」と言ってくれたので、それからは血液検査をするのみで通院しています。
検査の数値はあとからついてくるとのことなので、結果がよかった時は素直に喜び、悪かった時は「好転反応が出てる時に検査しちゃってタイミング悪かったな」とか気にしないようにしていました。
【どのように治っていったか】
■初期の頃
始めて2週間で、好転反応が出たり、体温が上がってきたり、冷えた翌日に布団から起きれるようになったりと変化が出てきました。ただ、調子がいい日は「いつもしてあげられないから」といろいろ動いてしまい、足を悪くしてしまいました。
そのせいで、筋肉が落ちたり、できないことが増えて精神的に焦る原因になってしまいました。無理してしまう癖がなかなか直らず、自分のペースがわかるようになるまでかなり時間がかかりました。
最初の頃は、食欲がなくなり、体重がどんどん落ちていきました。骨と皮だけになって家族にも心配されましたが、数か月して回復してきました。
■2~3年目頃
薬をやめた後、CRP数値が上がり、ずっと2.5前後で停滞していました。1年ほど症状がずっと変わらず、ちゃんとイメトレして「治る」と思えているのに「おかしいな」と思い、リウマチ感謝さんのDVDを見返しました。
そこで、自分がとんでもなく自己否定していることに気づきました。
最初の頃は家族の理解が得られず、泣きながら家事をしていました。でも、自分が病気になったのが悪いんだから…みんなに迷惑かけてるからこれ以上望んではいけないと我慢していました。
自分を大切にすること、自分を許すこと、心と体をゆるめることを心がけるようになってから、徐々に数値が良くなり始め、体調も少しずつ少しずつ良くなっていきました。
■4年目頃~
家を建てることになり、未来の事ばかり考えるようになってどんどん回復を感じるようになりました。できることがだんだん増えてきました。それからは、徐々にではありますが、確実にいい方向に向かっている実感があってここまで来ました。
痛みは5年のうち、3年くらいひどい状態でした。無理して足を悪くしなかったらもっと早く良くなっていたのかもしれませんが、頑固者の私にはここまで痛い目に合わないと「自分と向き合う」ってことがわからなかったんだろうと思います。
遠回りをしたようですが、私にとっては必要な時間だったんだと今は思えます。
■卒業について
リウマチ感謝さんに途中経過の報告をしたとき、「もう治ったと思い込んで」とアドバイスをもらいましたが、その頃はまだ車いすのお世話になったり、体調の良くない日もあって、ちゃんとイメージできませんでした。
今では、毎日ちゃんと起きれるし、関節の炎症も気にならないくらいになり、たまに会う家族には良くなったと驚かれます。
自分でも実感できてきた時に卒業式の招待状を頂き、「卒業してもいいのかな?」と迷いはありつつも、卒業宣言することにしました。
面白いことに、卒業宣言してから、最初に症状の出たところが痛くなったりしています。でも、長引かずにすぐに消えて行くので、最後の痛みが出ているのかな~なんて、他人事のように眺めている感じです。
今は、お腹の底から笑えるようになったし、いろんなことに感謝することが多くなったなと思います。自分の心や体の声を聞けるようになり、張りつめていた心をゆるめて穏やかでいられるようになりました。
それから一番大きかったのが、子供の頃からずっと許せなかった事があって、考えるだけでもイライラしてしまうので今まで避けて通ってきたのですが、それがいつの間にか自然と気にならなくなっていました。
今の私があるのも、リウマチ感謝さんに出会えたから。本当に感謝しています。
そして、いつも「絶対リウマチ治るよ」と励ましてくれ、小さい頃から何でもお手伝いしてくれたた息子。(しっかり者になりました)(笑)支えてくれた家族や友人、みんなにありがとうを返していきたいです。
【富山県 Y.N.さん 2013年12月記】
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■リウマチ感謝!よりヒトコト
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ステロイドを長期服用していた方の減薬&断薬時のリバウンドの出かたには
*体重の過度の減少
*減薬開始後半年以上経過してからの痛みの再発
*リバウンドの波が長期にわたり何度も出てくる
といった特徴がみられることが多いのですが、Yさんの場合もこのパターンに当てはまった形でのリバウンドが出ました(※全員そうなるわけではありません)。
ステロイドに関しては、他のお薬以上にしっかり準備して焦らず行うことが大切です。
Yさんの場合も、1年2か月かけてのゆっくり減薬だったのですが、それでもYさんご自身がペースが速かったかもとお話しされているくらいですので、ステロイド服用中の方に非常に参考になる体験談ではないかと思います。
つらいリバウンドの最中にあったYさんが、快復に向かう転機となったのが、「自分がとんでもなく自己否定をしていることに気付いた」 ことでした。
私もそうでしたが、「病気になったことに対して罪悪感を感じて自分を責めたり」「家族に迷惑をかけることを申し訳ないと感じたり」して、さらに「我慢する」「楽しみを制限する」「もっと自分を戒めようとする」方向で治そうと頑張ってしまわれる方は非常に多いのです。 (>_<)
でも、この病気を治すには、「自分自身を許し、癒し、大切にすること」がキモとなってきます。
Yさんがそれに気づき、治すアプローチを変換されたからこそどんどん身体は快復していかれましたのだと思います♪
遠方ということもあり、卒業式には出席されませんでしたが、この体験談を書いてくださった2年前よりさらにお元気に過ごされています。
Yさんに、いつか卒業証書を手渡せる日が来るのを願っています♪ (^_^)/
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